心脳問題

2018/01/28

山本貴光&芳川浩満、朝日出版社。昨今いろいろと出ている「脳で心がわかる」本に対する反論、から始まり、丁寧に心身/心脳論の議論を追いかける本。サブタイトルは「『脳の世紀』を生き抜く」である。
謙虚な本である。この本は(サイエンス)メディア・リテラシーの育英をまず掲げ、「脳で心は判らない」「心で脳も判らない」というひどく都合の悪い結論に至る。要するに、「自分で考えてくれ」という本である。同時に「自分で考えるために、最低限の材料を提示していく」という本である。その、自分たちが掲げた目標と意志を、丁寧に追いかけた本である。
「脳で心がわかる」本の科学論的錯誤を指摘し、丁寧に心身/心脳論の推移を追いかけ、その利点と欠点を指摘し、結局は答えなどないのだということと、それでも答えを出すべきだ、ということを語る。わかりにくい問題を、徹底してやわらかい筆致で、紙幅の問題から書き記せない場合はわざわざそのことを告げ。
それは謙虚と誠実という徳目だ。「わかる」本は楽で、静的で、便利だ。だが、この本は「判らない」本なので、結論は出ず、なんとなくすわりが悪く、頭を混乱させる。だが、その筆致と、巻末ブックガイドまで含めた「考えるためのスタンドポイント」の提示に見られる誠実さは、少なくとも確実に「わかる」本の億倍好ましい。
脳のことはわからない。だが、そのことは、生きたり死んだり、ある道が閉じたり開いたりすることにつながるのだ。そのように、筆者は最終章一つ前で述べる。そして最終章において、あくまで自分だけの、誰にも共有できないであろう意見としての「答え」を投げ捨てる。その、徹底した誠実は、やはり出来ることではないと思うのだ。
あくまで判りやすさを追及したせいで、議論の堀込みが甘いところもある。相対=無限後退論にやもすれば陥ってしまう論調でもある。それでもなお、「判らない」という困難に正面から立ち向かい、あえて読者をそこに向かわせようとする姿勢、そして実際にそこに向かわせるために資料の選択と、やわらかく丁寧な筆致。その努力は、やはりよい。良著であり、ここからいくらでも名著へと伸びることの出来る本である。